あの日の続き

 ──その日彼女は、私達の前から姿を消した。

 一通のモグレターと共に送られてきたのは、彼女のトレードマークとなっていたパールローゼル・ストローキャペリンと、幾つかのシャードと銀貨袋。

 簡素に綴られた別れの言葉。
 彼女には彼女なりの理由があったのだろうけれど、それが何だったのかは今になってもわからない。

 小さな姿に大きな帽子が、よく似合っていた彼女。
 ただ、形見となってしまっただろう、私がかつて頼まれて作ったその帽子を見ながら、私は──泣いていたのだと思う。

あの日の続き

 

 リムサ・ロミンサの潮風は今日も変わらず心地よい。
 潮風が髪を、尾と耳の毛を撫で付けていくのが私はとても好きだ。
 日差しは良好、風は爽やか、漁師ギルドは絶好調のようで、今日も大量旗を掲げた漁師ギルドの船が帰還して港に大量のお魚さんを水揚げしていた。

 彼女も、漁師としての顔を持っていたなと、ふと思い出す。

 普段気ままな吟遊詩人だった彼女は、時折釣り竿を片手にエオルゼア各地へと足を運んでは、私が見たこともない魚──そう、おそらく魚に分類されるものを釣ってくるのである。
 その旅と釣りのお話は、私に筆を取らせるに十分なものだった。
 吟遊詩人の面目躍如、とでも言うのだろう。
 彼女の実体験に基づいた詩はとても魅力的で、彼女が釣り竿片手に出かける度に私たちはみやげ話を楽しみにしていたものである。
 あるときは冒険中のキャンプで、またある時は庭先でのバーベキューで、またある時は寝る前の物語として、彼女は幾つもの冒険譚を語ってくれた。

 サゴリー砂丘に潜み、大地を激しく焼く灼熱波という恐ろしい天候の時でしか釣れない主、オルゴイコルコイ。
 彼女は日差しから体を守るため、分厚い服を着て水の瓶を片手に獲物がかかるのを待ち続けたという。
 あまりの暑さにふらつく意識、竿にかかったのは幻影かと思わせるほどの消耗との戦いでもあった。
 熱波が視界を揺るがせて幻を作るからと、彼女は目で見て釣る事を諦めた。

 目を閉じて、竿の感覚に全神経を傾けてその魚、オルゴイコルコイの一挙一動を感じ取り釣り竿を動かしてゆく。
 時に繊細に、時には大胆に、その竿さばきは熟練した漁師に勝るとも劣らない。
 彼女の今までの漁師としての経験がじわりじわりとオルゴイコルコイを追い詰め、そして釣り上げるまでの間は一瞬か、それとも十数分か、実際の所彼女は覚えていないと言っていた。
 その間一瞬足りとも集中を切らさないのは彼女の吟遊詩人として、冒険者としての経験があってこそだろう。
 やがて釣り上げられたそれは、お魚さんと呼ぶには少々異形な、4つに裂けた口を持つ怪物のようだった。

 例えばオールドマーリン。
 大型のマズラヤマーリンだとされるが、熟練の一本釣り漁師を相手に三日三晩の死闘を挑み、ついぞ漁師を海に引きずり込んだとされる曰くつきの大魚。

 彼女はララフェルだった、そんな魚相手にすれば件の漁師と同じく、簡単に海に引きずり込まれてしまうだろう。
 誰もがそう思っていたから、彼女がそんな大物に挑むといった時は皆一様に止めようとしたものだ。
 重量の差はどうしようもない、それを解決するために彼女は自らをマストに括りつけた。
 ろくに身動きもできない状態での一本釣りは七度のラインブレイクのすえに伝説に終止符を打つ形で決着した。
 甲板に引き上げられたオールドマーリンの体には無数の傷跡と幾つもの釣り針が残っていたという。
 一つの伝説の終わりは、新たな伝説の始まりだったかもしれない。

 あるいはカローンズランタン。
 雪の降る夜に怪しく輝くランプマリモの亜種。
 ある魔獣に喰われ死んだ者達の魂が宿り巨大化したと噂される不気味なそれを求め、彼女は雪の舞うクルザスをあちこち歩きまわった。
 雪がひどくなり一時しのぎにと聖ダナフェンの旅程に足を踏み入れた時、湖底に不気味な光が灯っているのに気づいて釣り針を垂らしたのだとか。
 そのマリモの亜種はあろうことか、グロウワームに食いついたのだという。
 本当にマリモなのかと疑ったこともあるが、彼女はそういったことで誇張をしない人だったから、おそらくそれも事実なのだろう。

 大きさは十五イルム程で、実際に見せられたそれは雪が降っていないせいかすでに輝いては居なかったが、確かに不気味な気配をまとっていた。

 ふと思い出した彼女の釣り物語を、私は適当なところで区切りをつけた。
 彼女の釣り話を話し始めればキリがない。
 そんな折、リムサ・ロミンサの高台から見える景色を眺めていた私は、遠くに見える船から降りてくる一人のララフェルの姿を見て目を疑った。

 私の見間違いでなければ、それは彼女だったように思う。
 かつて共に旅をし、苦境に挑み、そして幾つもの釣り話を聞かせてくれた彼女の姿。
 私は慌ててリムサ・ロミンサの街並みを駆け抜出した、途中人にぶつかりそうになるがそんなことにかまってはいられない。
 途中ぶつかってしまった人の罵声を背に受けながら、荷降ろし中の船の前まで駆け抜けた頃には流石に息が上がっていた。
 普段ならこんな無茶な走り方はしないだろうに……。

 息を整えながら周りを見回しても、彼女の姿はない。

 かなり距離があった、見間違いだったとしても仕方がないか……。
 そう自分に言い聞かせながらも諦めきれず周囲を見渡す。
 自分をそういうふうに駆り立てる感情が何なのかはわからない。
 今思えば私が探していたのは、彼女ではなくわからない自分の感情だったのかもしれない。

「あの、すみません」

 不意に後ろから声をかけられ冒険者としての癖で距離を取るように振り返った。
 後ろに居たのは──私の記憶にある彼女の姿とほぼ違わぬ見目の少女の姿だった。
 少し……いや、だいぶ若い。
 よく似た別人である、のだろう。

「あ、えっと……驚かせてしまったならごめんなさい」

 そう言って、記憶にあるのとよく似た声で少女は謝罪してくる。
 別人だ、そうわかっているというのに、彼女の姿が重なって映った。

「いえ、職業病だから気にしないで。何かしら」
「溺れた海豚亭へ行きたいのですが、ここからどういけばいいのか教えていただけませんか?」

 弓を背負った少女は、私と同じで冒険者であるらしい、ただし若いだけあってまだ新米のように見える。
 彼女と同じように弓を背負い、同じような姿で、同じような声で……私は、悪い夢でも見ているのだろうか?

「構わないわ、私ももう戻るつもりだったしね」
「待ち人さんはいらっしゃらなかったんですか?」

 少女の言葉に、一瞬答えに詰まる。
 そんな風に人を待つ様子を出していただろうか、いたかもしれないが。

「そうね、この船じゃなかったみたいだわ」
「そうですか……」
「とりあえず国際街広場を経由してエーテライトプラザまで行きましょう。自己紹介がまだだったわね……私はソマリ」
「ソマリさんですか、よろしくお願いします。私は────」

 そう言って少女が名乗った名前は──彼女と同じ名だった。

「どうか、されましたか?」
「……いえ、なんでもないわ」

 私は一体どういう表情をしていただろう。
 自分ではまるで想像もつかない。
 理由を考えるよりも前に、私は荷物の中からパールローゼル・ストローキャペリンを取り出していた。
 彼女に頼まれて作った帽子。
 行方知れずになった彼女の形見になってしまった帽子。

「可愛らしい帽子ですね」

 そんなことを言う少女の頭に、私は強引にその帽子をかぶせた。
 わぷっ、とか口にするあたりも似ている。

「……あの」
「あげるわ。──の記念に」
「──?」

 自分でも聞き取れないぐらい小さな声で、かろうじて絞り出した言葉はきっと少女に聞こえていないだろう。
 それでいい。

 私はきっと、彼女にこの帽子をもう一度手渡したかったのだ。

オンラインゲームではよくある話、実は実話だったりします。
まぁ友達のサブキャラの話なんですけどね!

一度やめた友達が同じ姿で、同じ名前で再び戻ってきたらこんな感じ何じゃないかな、というのをちょっと私なりに解釈アレンジしてみました。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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